串本海中フォトコンテストに寄せて – 中村宏治
中村宏治
「自然は人を育てる」、海に潜るようになって、私の心に湧き出た信念だ。人は自然の一部として生活を始めると、そこから多くのものを感じ取り、身に着ける。老齢に達した今、それは確信に変わってきた。今回、串本海中フォトコンテストの審査員を引き受けるにあたって、串本の自然に学んだ人々に会い、地域の自然にどのような事を感じ、何を学び取ってきたかを聞いてみたいと思った。串本町の水中世界の最前線で働く人々と言えばガイドダイバーが最適だ。実行委員会の皆様にお願いし、海中フォトコンテスト審査のタイミングに合わせ、串本の海を代表するガイドダイバー3名に、彼らの自然観を含めて、海への想いをインタビューさせて頂いた。ところで、串本のある紀伊半島に生まれた自然科学界の偉人と言えば、何と言っても南方熊楠博士が一番に思いつく。世界で大活躍した博士も、きっと紀伊半島の自然に大きな影響を受けていたに違いない。海という自然を生業の場所とする私にとっても彼は憧れの人物だ。串本の海がどんな人物を育てているのか・・・、俄然楽しい旅となってきた。
最初にお会いしたのがダイビングショップ・マリンステージ串本のオーナー・谷口 勝政さん。串本出身の40歳は地元の海を潜り、写真派ダイバーをガイドすること17年。まさに串本の海の生き物を隅から隅まで知る「頼りになる兄貴」の様な第一印象だ。優しい笑顔でインタビューに応じてくれた。彼は串本の海の特徴は、何より黒潮の影響が色濃い処だと説明してくれた。棲んでいる生物は温帯系の種類も沢山見かけるが、黒潮が運んできた亜熱帯性の生物が華麗に花開いている事が特徴だと言う。一番印象の強い生物は住崎に棲むアザハタ。実は私もアザハタが大好きで、図らずも同意見にあえて、心が浮き立った。アザハタは亜熱帯性の魚種であるが海底に孤立した岩礁などがあると、そこに「街」を創る魚なのだ。他にも同じように「街」を創る魚は存在するが、アザハタが創り出す海底社会は必ず幸せそうに繁栄している。ハタ科の魚は非常に賢い魚で、動きも素早い。中でもアザハタは「街」を護り、運営する能力に長けている為政者だ。この魚の素晴らしさは、相当長い間、魚たちと付き合ってこないと理解が難しい処だ。谷口さんの「串本の魚たちを愛して止まない気持ち」が伝わってきた。
次にお話を伺えたのは串本町の東側、古座地区にダイビングサービス・Dive Koozaを構えるオーナー・上田 直史さん。串本の海に出会って17年、古座に店を開いて今年で8年目という福岡の山育ち九州男児だ。優しい雰囲気の上、気遣いある受け答えを感じる人物。しかし海の話を始めると、熱く語り始めた。古座地区の海は串本中心の海と比べ、二級水系の本流である古座川の影響が強く、また熊野灘からの潮も入って来る為、複雑な生物層を持っているそうだ。海底の透明度は川水の影響を受ける事もあり、多少濁り気味だそうだ。ただ、黒潮の影響が華やかな串本西部の海では見られない内湾性の魚や熊野灘の深場から吹き上がってきた珍しい魚たちに出会えるのが古座の海の魅力だと教えてくれた。そして、2枚の写真を見せてくれた。1枚目は画面全部を覆うイサキの群。川水が流れ込む海は養分が豊富で、大量の生物を産みだす力強さを持っている。彼は「水清くして、魚棲まず」を言いたいのだなと思った。2枚目は鮮やかな青で縁取られた半透明のツツボヤの群落。古座の海にはこのホヤの大きな群落が見られる。その舞台装置に鮮やかな色彩をした幼魚やエビの幼生などが隠れ棲んでいるのを見付けるのが楽しいのだそうだ。そりゃ楽しいだろう!海の透明度を気にせず、美しい被写体を見付け、クローズアップで撮影するマクロフォトグラフィー。今や世界の水中写真のトレンド最先端を行くマックダイブを強かに楽しんでいる上田さんであった。頼もしい!
最後にインタビューしたのが須江ダイビングセンターの坂口昌司さん。もう何年も前からの知り合いで、いつも我々水中カメラマン仲間の我が儘、無理難題をシカメッ面もせずに聞いてくれる人格者である。今回、初めて彼の須江歴と言うか、串本の海とのなれそめを聞く事が出来た。須江ダイビングセンターを運営し始めて11年、串本西部の海と比べて,黒潮の影響は少し弱く,水温も低めだそうだ。ただ周囲を深い海に囲まれている為、他では会う事の叶わない生物を見付けた時の歓びはひとしおだそうだ。大切そうに見せてくれたのは真っ赤なクルマダイの幼魚。美しい!こんなに存在感のある幼魚は他には無いだろう。最近の写真派ダイバーは1カ所で何でも見れるダイビングスポットよりオリジナリティ溢れる、その場所ならではの生物を目指している。坂口さんはオフシーズンに、人気絶頂の生物を日本全国訪ね歩き、その魅力を理解する事に勤めてきたそうだ。北にダンゴウオがあれば、潜りに行き対峙する。西にキアンコウの幼魚があれば肉迫し、その微細を食い入るように見てきたそうだ。そうした人気者の何が人々を惹き付けるのか。その旅ごとに目的の人気者の魅力を十分に納得出来たが、相手は生き物。須江の海に現れてくれなければ,案内のしようも無い。翻って考えてみると,須江の生き物たちもダンゴウオやキアンコウ達と同等の魅力を備えている事に気付いたそうだ。自慢のショアダイビングポイント・内浦ビーチを中心に須江のオリジナリティを丁寧に案内する坂口さんは、やはり須江の自然が創り出した名僧だと感じた。
2020年は激動の年である。3月に予定されていた海中フォトコンテストの表彰式もコロナヴィールス疫病の為中止となってしまった。入賞されていた人々の無念は察するに余りある。ただ,私はこの激変を機に人類は素晴らしい将来を築き始めるのでは・・・と感じている。なぜなら、世界中の多くの人々が,日々の惰性で忘れ去っていた自らの命の存在意義を考え直す機会となったからだ。我々ダイバーは人間の生存域を超え、自然呼吸できない水中に分け入るので、より身近に生命の意義を感じ取っている人種だと思う。暴力が蔓延り、混沌とした世界情勢の中、聖徳太子の教えのとおり「和をもって、尊しとせよ」を心に,世界平和、自由平等の世界を、皆さんにリードしていって欲しい。